斜字体
斜字体(イタリック体 Italics) は、おそらくフォント・デザインにおいて最も誤解されている書体ですが、また、フォント・デザイナーであるあなた自身が、いろいろと弄り回せる要素が多々あるため、潜在的な面白さと楽しさが味わえる書体でもあります。
斜字体は「太字体」とは違い、線の太さ(ウェイト)が標準書体と異なるものではありません。その代わりに、標準書体とは異なる質感(texture)を持っています。この質感の差がより大きければ、斜字体と標準書体との間の対比感を生み出すのに特に役立つことを意味します。この強力な効果は、単語や文中の短い語句を強調表示するのに有用です。対照的に、違いの少ない質感では、複数行、段落全体、あるいはページ全体を斜字体にする場合に役立ちます。
傾き
斜字体(イタリック体)で最も一般的な変化の要素といえば、文字の傾きです。実際のところ、ウェッブ・ブラウザーが CSS で斜字体の表示指定を確認し、斜字体の指定がない場合、単に標準書体を傾けて模倣した見せ掛けの斜字体を表示します。おそらく、人々が最初に活字のデザインを始めるときに、この方法を検討するのも当然でしょう。この考え方の源流は二十世紀半ば、デザインにこのやり方を取り入れたモダニズム運動に遡ります。このため、「ヘルベチカ Helvetica」のような活字書体に見られる最初の斜字体は、標準書体を傾けたものでした。
傾きは、どのくらい?
斜字体のなかには、傾きのないものもあります。いや、本当に! このような斜めでない斜字体は、縦型斜字体(upright italics)と呼ばれています(日本語では自家撞着ですが、英語ではイタリック体といいますので矛盾はありません!)。しかしながら、あなたのフォントに斜字体が一種類しかないのであれば、あなたはその斜字体になんらかの傾きをつける選択をすることでしょう。一般的には、斜字体の傾きは「4° 〜 14°」です。現代のほとんどのフォントでは「6° 〜 9°」になっています
傾きは斜字体デザインには重要で、目に付きやすく、自動フィルターを用いれば限定的ではあるものの多少の成果を得られる一方で、「傾き」だけが標準書体から斜字体を区別するために使用する要素ではありません。傾きに加えて、以下の要素を使って見てください。
斜字体の構造
「イタリック体」(斜字体)という語は、実のところ、多くの斜字体デザインに見られる傾きを指しているわけではありません。14 世紀のイタリアで普及した書き方のことをいいます。この書法は、より速く書ける、つながりのある書き方で、標準書体に見られるものとは異なる様式の文字を使用しています。この「異なる様式」あるいは「筆線の型」とは、活字デザイナーが「紛れもない」「本物の」イタリック体(斜字体)をデザインしたというときに言及するもののことです。この様式には、イタリック体のデザインに適用できるたくさんのより細かな特性があります。
三角形のカウンター部
その特性の中で最も目に付くのは、結合部のある文字によって作られる三角形のカウンター形状です。たとえば、a、b、d、g、h、m、n、p、q、および u のような文字です。この要素の働きは強力で、それは、カウンター形状が力強い要素であるということが理由のひとつですが、またこの特徴を持つ文字の数が非常に多いこともその理由です。この事実は、ほとんどの言語で高い頻度で用いられているということと相俟って、非常に大きな(おそらく、より一層大きい)要因でもあります、
イタリック体(斜字体)をデザインする場合、接合部の高さにちょっとした調整を行なうことで、イタリック体が表す印象を非常に効果的に調節できます。ほんの少しの変化が驚くほど大きな結果を生み出します。とはいえ、すべてのイタリック体フォントでこの要素を利用できる訳ではありません。
内向きと外向きの筆線
多くの斜字体(イタリック体)は非対称のセリフ、すなわち内向きか外向きの 筆線(ストローク)またはその両方を利用しています。どちらか一つを用いる場合は、たいてい、外向きの筆線を使用し、内向き筆線が付く部分は垂直線にします。内向き筆線と外向き筆線が持つ印象の強さは、筆線の太さや長さの調整で変更できます。三角形のカウンター部と同じように、この特性の有用性と力強さの大部分は、非常に多くの文字で用いられているという事実から来ています。
文字幅の狭小化
斜字体(イタリック体)は通常、標準書体よりもいくらか幅が狭い、あるいはより圧縮されています。文字幅の狭小化(圧縮)は、斜字体のすべての文字に見られる特徴で、これも非常に強力な書体要素です。この要素は、全面的にも目立たぬようにも利用できます。この要素を使用する場合は、斜字体が標準書体のデザインと同じような太さに見えるように、筆線の太さを調整することが必要です。斜字体の文字幅が狭くなればなるほど、この調整の必要性は増していきます。
Mixing variables
ほとんどの斜字体(イタリック体)では、上記に掲げた要素のすべてをさまざまな割合で含んでいます。いろいろな斜字体のデザインを考察して、どの要素がどれくらいの強さで用いられているかを分析してみると役立ちます。分析を行なってみると、どの要素もその効果が目一杯まで使われていないことが判るでしょう。ひとつの要素が主導し、他の要素は限定的にしか用いられません。各要素の利用度が上がれば、標準書体と斜字体の差異は一層はっきりします。
この十年間〔訳注: 2015頃までの〕で、多くの書体デザイナーが自らのフォント・ファミリーに、ひとつだけではなく二つ以上の斜字体を含めるようになってきてもいます。また、辞書では複数の斜字体スタイルが使用される場合があることも注目に値します。
最初に斜字体が印刷用に作られたときには、斜字体は同じ活字デザインや書体ファミリーの一部である、とは考えられていませんでした。この考え方は、19 世紀と 20 世紀を通して標準的なものでした。斜字体を標準書体と混ぜて用いるという考え方すら、この筆記書体活字であるイタリック体の当初の考えにはなかったのです。最初の斜字体は、縦型ローマン・スタイル活字の代わりに、書籍全体を組み上げるために使われました。おそらく、斜字体(イタリック体)の役割は進化し続けると考えて間違いありません。